入試に役立つ理科の雑学 ~植物の生存政略~

ここ何日か、比較的暖かい日が続いた。マンションの植え込みに椿の花が咲いている。椿は常緑樹である。一年中、深緑の葉を茂らせている。すぐ近くには、葉をすっかり落とした桜の木がある。同じ自然環境にありながら関東では、常緑樹と落葉樹が混在している。

植物が成長するためには、葉はなくてはならない大切なものである。水と二酸化炭素を原料にし、葉緑体の中で日光のエネルギーを使い、光合成でデンプンを作っている。デンプンは糖に分解され、師管を通って植物のからだ全体に運ばれる。運ばれた糖は生きて成長するためのエネルギーとして使われる。

こんな大切な葉を何故すべて落としてしまうのだろう。「理科」を教える前は、こんなことは考えてもみなかった。寒いから葉が枯れて落ちてしまう。当たり前のことである。寒さに耐えられずに葉が死んでしまうのだと思っていた。

ところが、事情は大分違っているようだ。桜のような落葉樹は、自分からわざと葉を落としている。冬になると、日差しは弱く、日照時間も短い。気温が低いので、根のはたらきは悪くなる。太平洋側では、乾燥した日々が続く。光合成を行なう十分な条件が調わない。光合成で作り出す養分は少なくなる。

葉をつけていれば、その葉を維持するための水分と養分が必要だ。葉が作り出す養分よりも、葉を維持するために使う養分の方が上回ってしまう。要するに、収支バランスがマイナスになる。そして、葉の蒸散作用によって水分が失われていく。これでは、冬の乾燥した日々を過ごせない。植物全体が枯死してしまう。もはや葉は無用の長物である。

そこで、植物は葉を切り落とすことにした。冬は休眠して、春にまた新しい葉を作ればよい。そのためには、なるべく沢山の養分をたくわえる必要がある。落葉させる前に葉にある養分を回収しなければならない。

日差しが弱く、日照時間も短い冬の時期に、あまり光合成をしない葉緑体は、樹木にとって不要だ。そこで、回収作業として、まず葉緑体を解体し、葉緑素を分解する。葉緑素はクロロフィルという緑色の色素とカロテノイドという黄色の色素とタンパク質の複合体である。光エネルギーを化学エネルギーに変換するのは緑色のクロロフィルである。

当然のことながら、タンパク質に付いている色素は、黄色のカロテノイドより緑色のクロロフィルの方が多い。葉が緑色をしているのはこのためである。そして、樹木としては、このタンパク質をアミノ酸に分解して回収したい。ところがクロロフィルが付いたままだとタンパク質分解酵素が働かない。まず、クロロフィルを分解する必要がある。緑色の色素が分解されると元々あった黄色の色素が目立つようになる。秋になると葉が黄色くなるのは、このためだ。

回収したアミノ酸や糖などの養分は、幹や枝に蓄えられる。それと同時に、葉の付け根で「離層」と呼ばれる壁を作り始める。壁が出来れば水分や養分の通り道である維管束も塞がれる。葉には水分も養分も供給されなくなる。そして、離層という壁が完成すれば、葉は樹木から切り捨てられる。

落葉樹は、冬越しするに当って、光合成に都合の良い季節だけ葉を付け、冬は休眠するという選択をした。

ではなぜ、椿は冬でも葉を付けているのだろう。椿は陰樹(日陰や半日陰の土地に耐えて生育する樹木)である。弱い光でも光合成が出来るようになっているが、光合成の効率は悪い。それゆえ、成長も遅い。

植物が葉を作って、それを維持していくには、それなりのコストがかかっている。葉を作ったときの養分と維持してきたエネルギーを、作った葉から回収できないと採算が合わない。光合成の効率が悪いほど回収期間が長くかかる。従って、葉にも長く働いてもらわないと困る。

それゆえ、葉の寿命が長くなるような仕組みを備えている。椿の葉は、桜の葉と比べると小ぶりで肉厚である。全体的に固くてしっかりしている。いかにも丈夫そうだ。葉の細胞膜は、低温や凍結に強いつくりになっている。細胞内にはアミノ酸や糖類が蓄積しているので凍りにくい。ただの水より、食塩水や砂糖水の方が、凍りにくいのと同じである(凝固点降下)。約-17℃の寒さまで堪えられるという。

分布の北限は、青森県の夏泊半島である。この半島の北端に椿山がある。ここが「椿北限の地」とされている。

そして、椿が常緑樹でいられる理由は、もう一つある。葉を見ると、つるつるしている。表面が発達したクチクラ層でおおわれているから光沢がある。このクチクラ層は、蝋を主成分とする膜である。この膜が有害な紫外線などから葉の内部を護り、余分な水の蒸散を防いでいる。このため冬でも葉を付けていられる。

そもそも椿の語源は、艶葉木(つやばき)、厚葉木(あつばき)など、葉の特徴から来ているらしい。椿は、葉だけでなく、冬に花まで咲かせている。花は、受粉して種子をつくり、子孫を残すためにある。冬に花粉を運ぶ昆虫はいない。でも、椿は冬に花を咲かせている。

実は、椿の花粉を運ぶのは、メジロやヒヨドリなどの鳥たちである。エサとなる虫が少ない冬は、椿の花の蜜を吸いにやって来る。

春になると、鳥たちは昆虫取りにいそしむ。昆虫は重要なタンパク源だ。いろいろな花も咲き始め、蜜を吸う花を選ぶのに目移りする。数多くの花が咲き誇る春は、受粉をしてもらうため、花同士で昆虫を誘き寄せる競争が始まる。昆虫を誘うために、花弁は目立たなければならない。色より香りに反応する昆虫もいる。よい香りを放つ必要がある。蜜も豊富にあった方がよい。花同士で、色香の競い合いが始まる。植物もなかなか大変である。だから、競争相手のいない早春に、椿は花を咲かせるという選択をした。

植物は、生えた場所から動けない。その環境に合わせて生きていく。生きていくためには、戦略が必要である。植物の生存戦略は、企業が不採算部門を切り捨て、合理化、リストラし、初期投資を回収して、なお利潤を得ようとする経営戦略にどこか似通っている。

「植物さん」も、なかなか強かである。

目次

さいごに

理科、特に生物は暗記科目という印象がありますが、「何故そうなのか?」「どんな仕組みなのか?」にフォーカスしながら授業を進めいています。すべての単元で、原理や仕組みを根本から説明すると膨大な時間を要します。

小学生にとって理解しやすい単元では「何故そうなのか?」「どんな仕組みなのか?」に触れつつ、子ども達の「探求心」に火をつけています。

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